ショパンコンクール2025雑感

生徒さんから「いい演奏がある!」と教えてもらったのをきっかけに今年のショパンコンクールを(全部では無いですが)見ました。

ミーハー嫌いと言うか、盛り上がってるとそっぽ向きたくなる天邪鬼な性格な割には結構な時間を割いたと思います。前回は日本人が二人も入賞しちょっとしたフィーバーになったようですがほぼノーチェックでした。

目を閉じると頭の中でピアノの音がしていたような日々でしたが、さすがに時間が経って落ち着いてきたので感じたことなどをアウトプットしておこうと思います。

 いつかどこかに書いた気もするのですが、私はショパンコンクールにはちょっとした原体験のようなものがあります。時は1985年、なんと、40年前!当時はまだそこまで普及していなかった家庭用ビデオデッキ(ベータではなくVHS)が祖父の家にはありました。ゴルフ好きの祖父がフォームのチェックができることを期待して買ったものです。近所だったのでしょっちゅう遊びに行っていた私は、従兄弟に録画してもらったG.セルシェルの東京文化会館でのリサイタルのオンエア(後半の6弦の部分だけだったのが残念でした)の続きに入っていたNHK特集「ショパンコンクール」を見るのがお約束でした。

 九州ギター音楽コンクールをのために練習していた私は、鮮烈なS.ブーニンの演奏を食い入るように見て「コンクールで優勝するにはこうでなきゃ」と勝手に妄想を膨らませていたものです。演奏を終えて控え室に戻ってくる途中で花を渡されても、まだ集中が切れてなかったのか、気付かずに通り過ぎて、控え室まで女性が追っかけてきて渡して、やっと微笑んで「ありがとう」と受け取るシーンとかクールでかっこいいーなんて思ってました。ピアノはファツィオリでしたね。細身な体格から繰り出される強靭な音楽はファツィオリあってこそだったと思います。

 そんなこんなで、ショパンコンクールと言えばひたむきに練習していた子供時代の記憶としっかり結びついています。

1985年だったら「オンタイムでショパンコンクールを聞いた」と言える人はごく限られた人だったはずですが、21世紀も4分の1が過ぎたインターネットの時代、自宅でソファに座りながら見ることができます。今回私は時差の関係でオンタイムでは見てないですが、そこそこ追っかけました。

 生でホールで聴くのとyoutubeで配信を見るのでは音響的には厳密には同じでは無いでしょう。ホールの客席のどこで聴くのかで印象は変わるものです。また、配信だと録音の違い、再生環境の違いというのも生まれます。録音といえばマイクは私が大好きなショップスでした。ヘッドが小さいので目立ちにくいというのはあるかもしれません。それでも誰かがブログに「ステージ上のマイクをぶら下げるためのワイヤーが日本の電線のように目障り」と書いてたように本選のコンチェルト用でしょうけど、かなりの数を投入してましたね。いつぞやの写真を見たらノイマンでしたが。ピアノの直接音を拾うマイクもショップスでしたが、ステージ上にスタンドを置きアームをいっぱいに伸ばして収音してました。奏者がペダルを踏む音が「ごん!」と結構入ってました。前回はステージ上ではなく、客席フロアにスタンドを立てていたそうですが、希望する高さにならなかったんでしょうかね。そういうことも配信でいろんなアングルから捉えられた映像を見ることができるから、そしてネット上にいろんな情報があるから楽しめたのかもしれません。

演奏の内容ですが、生徒さんが教えてくれた桑原詩織さんの演奏が私はいちばん好みでした。

常に余裕、余白があって押し付けがましく無い。聞き手の感情が入り込む余地を残してくれている。

他にもヴィンセントオンさんのコンチェルトと言うよりまるで室内楽のような親密なアンサンブル、リュー・ティエンヤオさんのキラキラした若さ、シゲルカワイのバランスの良さを活かしたワン・ズートンさんの演奏、ポーランド人の流石のポロネーズやマズルカ舞曲性など聴きどころがたくさんありました。

どんなコンクールでも審査結果には何かしらモヤモヤするものが残るものですが、そもそも音楽に点数をつけること自体に無理があるし、審査員も人間なのでしょうがない。

最後にちょっと。GFAコンクールを見た時にも思ったんですけど、演奏中の顔の表情の変化が大きい人がいて、「顔芸」に気を取られて音楽に集中できない演奏家がいました。

少しでも表現をしようという意欲の表れだとは思うのですが、まるでパントマイムのような、音を消してても何の曲を弾いているのかわかりそうな、表現の度合いが聴覚よりも視覚の方が大きいというのはいかがなものか、と思います。その顔の表情も絞り出した苦しみのような、悶絶しているような….見ていてあまり美しくないものだと聞く気も失せてしまいます。

それもネット時代、youtubeでアップで表情が見られるからこそ、だと思いますが。

上野祐介、橋口武史ジョイントコンサート

2025.9.13(土)
14時〜、17時〜(2回公演)

松本孝之絵画館 長崎県佐世保市重尾町628

¥2,500(小中学生¥1,000)ドリンク付き

チケット・問い合わせ クラシックギター教室・静奏(しずかな)
080-9144-9071
shizukana_guitar@yahoo.co.jp

佐世保市在住のギタリスト、上野さんとのジョイントコンサートです。
とても素敵な会場です!


断食

山田裕貴が出ているCoCo壱番屋のCMを見ていたらカレーを食べたくなったので
戸棚の奥から発掘したこれを食べました。

山田裕貴さんって「女神の教室〜リーガル青春白書」の冷徹教師の役で初めて認識しましたが、その後、長崎を舞台にしたのに大コケした「君が心をくれたから」にも出てましたし活躍中の俳優さんですね。目が透き通っている。

うちにはテレビが無いのにCM?プロジェクタでamazon fire stick経由のTVerでドラマや映画は見るんです。でも、時間がもったいないのでしばらくやめようかな。

止めるというところで断食。最近はファスティングとも言いますね。
賞味期限が5年も切れたレトルトのカレーを食べて、ほんのちょっとだけ腹痛があって(これはカレーの所為だとは言い切れません。具が足りないかなと思って追加した食材の加熱が不十分だった、または痛んでいた可能性もあります)、それでもかなり満腹感はありました。やはり油はすごい。普段油は使わないで調理するので。油置いてません。

朝起きても空腹感がない。昼過ぎても、そこまでお腹すかない。
じゃあ、このままお腹すいてヘロヘロになるまで待ってみようと思います。

考えてみると、最近食べ過ぎ。それなりの時間になったらお腹すいてないのに調理して食べてました。「洗浄、切断、加熱」の作業が気分転換になるので、ちょっと仕事に疲れたら食べてました。これじゃ胃腸も疲れますよね。

さて、24時間くらいはいけるかな、らまだーん(調べたら断食のことをラマダンと言うのではないらしい)。あ、アイスコーヒーは飲んでます。

断食とは違いますが、卒論を書いてた時、50時間くらい寝なかったことがあります、と言っても横にならなかっただけ、で最後の方は何もできてなかったですが。何やってんだか。

少しはお腹、引っ込むかな?

GFAギターコンクール2025配信を見て思うこと

先日、もう二週間ほど前になりますが、YouTubeでGFAギターコンクール2025を観戦しました。

ファイナル(日本風に言うと本選)
セミファイナル(二次予選)その1その2
若者の部ファイナル
二重奏の部

GFA、アメリカギター協会主催の国際ギターコンクール。ラジオ・フランス主催のパリ国際ギターコンクール、通称「パリコン」無きあと、世界最高峰のギターコンクールの一つだと思います。

しかしすごい時代ですね。自宅スタジオのソファでくつろいで地球の反対側で行われているコンクールをスクリーンに投影した映像を見て感想をチャットして。

そもそもコンクールってヘタにコンサートを聴きに行くよりも楽しかったりします。
さらにリアルに会場だと演奏中におしゃべりするわけには行きませんが、配信だと途中で止めたりもできますし、誰かと感想を話しながらでも可能です。

音量や微妙な音質はやはり実際に会場で聞かないとわかりませんが、指使いや表情など客席からだと遠くて見えにくいものも、カメラワークのお陰で楽しめたりもします。

聴く側として「観戦」という言葉を使いましたが、演奏する側、参加者は「戦い」という意識を持たないほうがいいでしょう。

そもそも音楽に点数をつけるのは不可能です。それでも無理やり順位をつけるのがコンクールです。審査員が変われば順位も違ってくる可能性も大きいです。
「コンクールは水物」と言われます。1位以外の順位の人はたいていスッキリしない気持ちが残ります。

コンクールの権威は昔に比べたら落ちたとも言われます。それでもコンクールは無くならないし、むしろ増えているような気がします。
順位だけを追い求めずに上手に活用すればいいと思います。

部門が分かれていて応募しやすいコンクールも結構ありますので、特にアマチュアの皆さんは発表の場の一つとして「楽しんで」参加してみることをおすすめします。