Something 4 STANDALONE  by Norio Ohashi

 

1.

趣味が高じていつの間にかけじめなく今の仕事をしている。
仕事、の持つ一般的な概念の物差しを持ち込めば
仕事、と口にするのはいまでも大いに後ろめたい。
自分の住む町に音楽産業はない。
でも何かしら作り甲斐のあるものがある、
それを信じてみる価値はある、大した根拠もなくやってきて
気がつくと早や10年以上の歳月が流れていた。

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自分の興が乗らないものはやらない、やってもよくならないもの、
自分の排泄が出来ないものはやらない、
自分が好きな相手としかやらない、頭下げてまではやらない、
好きなようにやらせてくれなかったらやらない(死)
をポリシーにしてやってきたから仕事がない。
そんなやり方だから製作終了と同時に絶縁される場合もある(笑).
いずれにせよその道にビジネスの確立されていない地方都市は
逆を返せばそれだけ人間的に付き合いながら
時間をかけて製作する真の贅沢さ、豊かさがあるのだが。
ともあれ今年も一本、小さい作品ながら作ることが出来た。

2.

橋口武史は彼が学生時代からの友人で
これまでいくつかのレコーディングをともにしたが
いたいけな小学生時に九州コンクールで優勝した神童も
狭量な業界を飛び出した後はかなり冷飯を食った。
ギターは基本的に独りで弾き、他楽器奏者は驚くほどその音楽を知らず、交流もない。
最初に彼を聴いたバッハと現代音楽の尖鋭なプログラム以来
彼をソリストとして以外考えた事もないが、機あらば出来る限り
異業種楽器の個性の強い実力派に彼を推した。
ここ数年すっかり「共演者」として定着したのは嬉しいが、同時に複雑でもある。

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そんな彼と現場で顔をあわせるたびにソロ作の話が出てはいたが、
一抹の生き難さから気力を著しく喪失していた自分は彼に対して
生返事を繰り返していたに過ぎない。
だいたいなぜか実生活でままならぬ事態を抱えているときに限って
製作が本格化する現象が近年加速している懸念を払拭できない。
体たらくが引き起こした自業自得とは云え今回も長年交際していた
女性と関係の終焉を迎えており精も根も尽き果てている状態だった。

3.

生きていると、人は何かしら抱えてゆく。そこでちょっと、あそこで少し。
毎日少しずつ、でも確実に蓄積し、消耗してゆく。
他人との会話から、愛する人間との関係から、毎日の糧から、
自分の生業から、路上のアスファルトから、
生気を吸い取られ、人は疲れてゆく。
年を重ねるにつれ自由を失ってゆくことに気づき、
希望や気力も失くなってゆく。
唯一、自分が、自分の人生が終焉に向かう途上にある
という認識だけが日に日に覚醒する。
目覚めると無性に悲しい。

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どこか遠くへ行ってしまいたいと思う。
あてなどない、ただこの悲しさから逃げたい。
誰にも会わずにこの現実から自分だけがふといなくなりたい。
このまま消えたい。勿論自分からも。
車に飛び乗って走れるところまで走って
とりあえずどこでもないどこかに辿り着きたい。
できれば人気のない見知らぬ寂しいところがいい。
誰も自分を知らず気にもされない地図にない町。
誰にも会わずに投宿できるワンガレージのモーテルがあれば都合がいい。
着いたら長いシャワーで汗と垢を洗い流したい。
積もり積もった過去ごと白紙にする勢いで。

4.

ある日現場で顔を合わせた彼がポツリと呟いた
「誰もが知る小さな名曲を自分なりに弾きたい」という言葉に
寂しさを埋める為だけに腐れ縁女性たちとの虚ろな現実逃避を
繰り返す自分のぼんやりとした週末への思考が突如遮断された。
ずいぶんと長い間忘れていた感情が心中で閃光となった。
幼い頃、父が夕べにかけていたレコード。
寝入りながら耳にしたイエペスの4曲入りコンパクト盤。
スターダストやジャニーギター、エデンの東にムーンリヴァー、
スタンダードが丸みを帯びた音で綴られるムードギター。
みんな、どこへ行ってしまったんだろう。
昨今耳にする音響設計は判で押したようにどれもクリアだが
伸びと豊満さがなく硬質で世知辛い音がする気がしてならない。
いっそアナログで録音しよう。出来ればテープ切って編集して
マスターテープ出しのオールアナログ作業でやってみよう。
そう思いついた時にやたら元気になった事を覚えている。

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曲目を検討し、7曲に絞った。
毎度の事だがこの時点で曲順も決定した。
聴き手が本当に集中して聴いていられるのは
長くて1分ぐらいのものだと自分は考える。
その興味や注意を極力そらさずに最後まで引っ張ると云う芸当は
ビートルズでさえ至難の業だ。いわんやクラシック・インストをやである。
7、つまり奇数と云うのは個人的にアルバム構成上都合がいい。
中心点・4曲目に向ってシンメを成す配列を考えられるからだ。
真ん中がアルハンブラと云うのもムズがゆかったが(笑)
たいしてさらいもしないだろうこの演奏者の特性から間違っても
綺麗な出来にはならない事は目に見えていたので
ホール収録に拍手の効果音でも足して擬似ライヴテイクとして
中間に置けばメリハリもつくだろうと録ってもないのに確信した。

5.

自分がこのアイデアを抱いたとき、念頭に置いたエンジニアは
かつて地元のシーンで身一つ機材を携えては連日ライヴ現場を渡り歩いて
FMOA用音源を激録していた伝説の男(笑)だった。
カテゴリーを問わず実に多くのアルバム録音を手掛けてきた猛者、
有住寿一は同時に貧しき夢人たちと同視線で物を作ってきた心優しき人である。

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アナログ時代からのベテランとはいえ20年近い空白は大きい。
整備された機材も希少だ。重複期に導入されたまま殆ど未使用の
レコーダーが地元の大ホールに数台あり借り受けられたが
テープは存外希少で高価だ。彼の持つストックもあったが
ギャラの殆どを費やして彼は新品を買い入れていた。
フィルムで映画を撮る気分だ。NGテイクは極力消去して節約した。
デジタルに馴れるとどんな些細なことでも不便に感じる。
かつては何の疑いもなく踏んでた手順を待てなくなる。
作業中のこんな事象に「時代」の本質を凝縮して垣間見る。
年長エンジニアの彼を鼓舞し、勘を取り戻してもらいたい事もあって
最初のセッションでは極力かつてのセッティングで臨んでみた。
1曲目がくぐもった音になっている要因だ。しかし敢えてそのままにした。
音的なこと以上にすべてに完全を期すような風潮に猛然と反発したくなったからだ。

6.

当初の計画を翻意してミックス、マスタリングを
デジタルしか知らないスキル&スピード世代の
若年エンジニアに渡したのは非常に矛盾を孕むが
新旧世代の拮抗を見たかったという個人的衝動と
なにかそうすることによって最も現代的な意味が
あると思ったからだ。尖鋭だが脆く社会矛盾に心を
病む心優しき青年が(笑)昔ある時期美しいと誰か
が感じたものに対して抱く俺的美の最大公約数!(笑)

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バイトで公演録音をする学生の彼を
偶然聴きに行った会場で見かけて声をかけて以来、
親子並みに歳の離れた我々は不思議な関係を続けている。
時代の先端を行く技術とよく回る頭で俺的街道驀進しながらも
その実誰からも愛されたい、認められたいと云う渇望を
内蔵しつつ混迷する社会の中で自らの航路を見失いがちな
まごうかたなき現代の若造である彼、福島欣尚は
しかし人への洞察と思いやりに溢れた青年である。
音響工学を修め、精密な数値で空間や定位を設計する者に
ビートルズのいくつかのミックス違いシングルを聴かせた。
体感的にいちばん気持ちのいいヴァージョンはどれだ?
自分の読み通り彼はモノ・ミックスに感動した。

7.

本作に関わった人間は、殊に制作期間中
概ね幸福ではなかった。それは現在でも大して変わらないが
晩秋から年の瀬にかけての心象風景は個人的に
思い出したくもないほど荒廃と暗黒の寒気が
全身にジェル状にまとわりつくようなものだった。
大なり小なりみな問題を抱え、飲酒から抗うつ剤
までのアイテムにすがりながら(笑)なんとかその
日を生きている状態だった。そういった者たちが
集う現場は一種焚き火に群れる浮浪者の趣があり、
自然季節柄冬の日の微かな陽だまりのささやかな暖と
慰撫を無意識に求めていただろうことは否めない。
しかし、少なくとも日常で人々が必要とする瞬間のある、
単純に繰り返して聴きたくなるアルバムを作ろうという
意識だけはなんとか共有していたように思う。

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音楽産業などない地方の片隅で、それでもこの道に居る。
広範囲な流通網も確実な購買層もない、
毎度闇に向って縄を投げるような心境だが、
それでも偶然、或いは求めて、誰かが聴く。
クラシックカテゴリー、しかもインストゥルメンタルのアルバムが
人の日常生活上どのくらいの意味と必要性を見出されるのか
作る自分自身、毎回その疑念を払拭できない。
しかし一音一句変えることの出来ないスコアリング音楽で
純粋に愛聴されるアルバムを作ると云うテーマは戦い甲斐がある。
誰もが自分がいちばんで、誰もが大して注目されない、
そんな町に生きてるからこそ自由に出来ることがある。
どうせこの世に唯一人、自分として生まれてきたからにゃ
そして信じるその道を、いまもなんとか歩いてるなら
人のやらないことをやれ、てめえの好きなことをやれ。
人と違って当り前、この世にないから価値がある。

-通念が致命的な打撃を受けるのは、
陳腐化した通念を明瞭(めいりょう)に適用できないような不慮の事件が起こって、
通念では処理しえないことがはっきりしたときである-

致命的な打撃を与えられるかどうかは解らないにしても
通念とされるものを打ち破ろうとする気概こそ
少なくとも現代を進行形で生きる芸術家にとって
それこそが唯一の動機だと自分は信じて疑わない。

この7曲20分あまりの予算のない小さな作品の裏側で、
かつて培った技術と情熱を生かす場所もなく現場から遠ざかっていた
50代のベテランエンジニアが生気を取り戻し、
技量の上にあぐらをかいて練習しない
楽してうまくやろう型30代ギタリストが現場で追い詰められ、
スキル一辺倒で俺的人生驀進する
20代ポストエンジニアが全人生否定され(笑)
女に未練を引きずり老眼や失念の加速に気力を失い
引篭もる40代Pが小さな希望を持てたことが
何ものにも替え難い財産だ。

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誰もが概ね幸福ではない。
人には夢も希望もある。
だが人生は厳しい。生きるだけで精一杯だ。
なんとか希望の灯を吹き消されまい、
夢を打ち砕かれまいとしても、ひとつふたつと
現実は無情にも奪い取ってゆく。
とにかく負けないこと、
これがいちばん大切で同時にとても難しい。
でも、なんとか生きて行こうぜ、ご同輩。

NORIO OHHASHI