シャネルという服飾一流ブランドがあります。
今まで私には全く無縁の世界だとさして気にも留めませんでしたが、最近、ココ・シャネルの伝記に触れて彼女の生き方、人生をカッコイイな〜と思うようになりました。

人は運のみでも、意志のみでも生きるにあらず、自分の力を信じ、その両方の力を使って上手く舵を切った時に道が大きく開けるのだと、彼女の波乱万丈の人生を垣間見て、お手本にしたいものだ思います。(すたじおG運営でも、ギター音楽の創り方でも、すぐにマニュアルを欲しがる私の悪い癖に突っ込む諸先輩がたのお顔が目に浮かびますが、ここでは触れないでおきます、笑)

福岡、天神、親不孝通りにモンブラン倶楽部というスナックがあります。
すたじおGとのお付き合いは、3.11の新聞記事で紹介されたイベントからですが、そこのママの存在が私の中で、ココ・シャネルとどうしてもだぶります。
(私の勝手な想像、妄想をママとお客さんたちがどう思われるかわからないので、ちょっと書くのに勇気がいります。。)

一ヶ月程前に、モンブラン倶楽部とママを常に支えて来たお客さんが亡くなられました。
私たちとその方とは、ほんの1,2回しかご一緒できませんでしたが、
彼が橋口武史の音楽を気に入って下さらなかったら、私たちとママとの関係もここまで深くなっていなかったのではないかと思うほどに影響力の強いお方で、そのS社長こそが
モンブランの陰の社長であられたのだと疎い私でも、病に倒れられてここ一年のママと私との会話の中で気がつくことになりました。

私がすたじおGにこうやって君臨しているのには、モンブランのママの力は大きいです。
語りの宮園智子さんとママとで、私をマネージャーとして育てようとさりげない手助けが(さりげなさそうに見えて実は必死で私を通して橋口武史を支えてくださっていたのだとわかったのは、つい最近。疎い疎いマネージャーです。)

「橋口だけ行って弾けばいいじゃないですか?娘のご飯もあるし」
どの本番に同行するにも基本的にこのフレーズが頭に浮かびます。
主催者にとっては経費は二人分かかるし、だいたいどこのギタリストも一人で動いています。
「いちいち妻を連れて歩くなんて余裕なんだ。」と思われたくないなどと考えてしまうし。
私がすること(できること)を探すのも大変で、妻ですと名札があるわけでもないし、受付の仕事がなかったらアウトです。
人はお金を払うのにただで聴くのも居心地が悪かったものです。
今なら、笑い話のようですが、ほんの数年前まで子育て、家庭中心に動いていた私の生活は、この1年で大きく変わったように思います。

私はすたじおGの人間であるべきか、なかざるべきか。今の年齢なら、まだ再就職の口は辛うじてあるのではないか。
別の職で夫を経済的に支える方がずっと効率がいいはず。
でも、ママは、私を離さなかった。

「なおこが来た!お酒が足りん!注文しよう!」←そして、私の目の前で本当に酒屋に電話をするんです(苦笑)
「ダメ!なおこがいないとダメ!先生だけじゃダメなのよ。先生はカッコイイ素敵なお方です。だから尚更、奈穂子がいないとダメ!」
「悪いことをしているわけじゃなし、堂々とおやんなさい。なおちゃんのファンはたくさんいるんです。」
「お金だけを追っかけたら人は離れるのよ。それをあなたたちは知っている。どうやっていただいたお金を還元するかを考えられる人です。一緒に頑張ろうね。」
「素敵なラジオ番組、続けられるようにできるだけのことをしなくちゃね。」
「フェイスブック、ちゃんとおやんなさい、見ているわよ。なおこが先生をいじめているように見えるかもしれないけど、営業ってそんなものよ。あれでいいの。」
「音楽家のサポートって大変だろうな、と思っていたけれど、ここまであなたが苦労しているとは思わなかった。」
「うちも店をやっているからわかるけど、いい時もあれば、悪い時もある。悪かったら、じゃあ、辞めよう、じゃ、ダメなのよ。踏ん張らないと。」
「最近、先生の活動の場、広がっているんじゃない?私だけかな、そう思うの。4年前とだいぶ違うと思うよ。今ほど知り合いじゃなかったけど。すごい、すごい!」

そのママからS社長の訃報が入ったとき、他のたくさんのお客さんと同じく、ママの気持ちを思って泣きました。

先日11/20は、S社長を偲ぶ会でした。「偲ぶなんて言ったらカッコよく生きた社長が泣くから」と言って、感謝DAYでした。
弾きに駆けつけたのは、21時半ごろでしたが、カウンター内からバルコニーまでたくさんの方が社長を想って集まっておられました。

一人ずつマイクを握って、社長との思い出話を語りました。仕事でもなく、夫婦でもなく、ここまで支える力ってどこから湧くのだろうって思いました。
「私のことを好きだったんじゃなくて、みんなのことを好きだったのよ。愛人じゃなくて、こいじん」とママは言っておられたけれど、まさにモンブラン総合プロデューサーであられた「お客」でした。

みなさんが思い出を語られる間、バックで夫が静かに弾き続けました。
2日程前に「今日、なおちゃん、出勤できる?社長が大好きだった橋口先生のギターを生で、というイベントにしたいから、打ち合わせしたいんだけど」
が、本番当日は、ギターの音色を聞いた途端泣いて、話ができないママ。

橋口の隣に座ったシャッターチャンスがあったけれど、泣きはらしたお顔を写すに忍びず。

ココ・シャネルのプロデューサーは早くに亡くなったけれど、S社長はこんなに長くママを支えてくれて、「密会」の必要もなくてやっぱり素敵。凄いな〜と思います。
お二人の相当の努力と周りへの心配りがあられたんだろうって48周年、毎年、周年行事をママのそばで堂々と支えたS社長を尊敬します。スライドショーに写る若かりし頃の舞台の上の二人はかっこよかった。でも、今の方がやっぱり素敵。
「女は70からよ、若い子もこの色気はにはかなわないでしょ。」その通りです、ママ。
「これに写っている方でこの世にいない方はたくさんいらっしゃいます。だからね、今、みんなに感謝して、できることをして、伝えられることを伝えて。。」
「あなたたちふたり仲良くね。それが一番。」

このお店は、本当に不思議で、お客がスタッフになるのは日常茶飯事で、カウンター内にいる女性のうち、誰が本当のスタッフかわかるのに少し時間がかかります(笑)
そして、みなさん、本当に素敵な方ばかり。モンブランで知り合ったお二人がご結婚されてその娘さん(モンブラン2世)も何人もいらっしゃいます。S社長が名付け親という方もいらしていました。
ママがこの世に居てくれてよかった。
すたじおGがもう少し育つまで、育ってもずっと、そばに居てください。

天国のS社長、これからも、もっともっとママとモンブラン倶楽部を見守ってください。
焼酎・磨き大島を東京で広めようとたくさん購入して飲んでくださって皆さまに勧めて下さってありがとうございました。

私のフェイスブックのプロフィール写真は、モンブラン倶楽部のバルコニーで見知らぬモンブランのお客様が知らぬうちに撮ってくださったものです。実物よりだいぶ美しく撮って頂いて、みんなに「詐欺だ!」と言われても厚かましく、何年も使い続けています、笑。皆様とのご縁に心よりありがとうございます。

DSC01980
写真は、闘病中の社長が作られた俳句を詠んでいるところです。

たくさんのご縁が詰まっているモンブラン倶楽部。
私一人で行ったある日には、偶然にも夫の共演者仕事関係者とお会いして、思いがけずその方々とゆっくりお話させていただけるなんて不思議な時間もありました。
誰とお会いするかわからないワクワク感があります。

ママのお誘いで、モンブラン倶楽部でも、コンサート会場でも、いつも橋口武史のギターを聞いてくださるモンブラン倶楽部の皆様と(15周年の2つのコンサートでも、たくさんの方のご来場、本当にありがとうございました。)
コンサートの打ち上げ2次会、他でモンブラン倶楽部に私と一緒に行ってくださるすたじおG関係者に心よりお礼申し上げます。

この記事を書いた人

すたじおGの横顔
すたじおGの横顔
ギターアンサンブルが日々の楽しみです。フェイスブックリクエストお待ちしています。面識のない方はメッセージください。お目にかかれるのを楽しみにしています♪

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